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事態(「桜宮」高校生自殺事件)を糺す際には、「緊急措置」「長期的根治措置」、或いは「短期的措置」を分けて実施してね。

毎日jp|「大阪・高2自殺:橋下市長、桜宮高全教員異動を要請」を肴にした雑文を、mixiの方に載せたのだが、こちらにも掲載する。

今回の「桜宮」高校を舞台に、《教育xスポーツ指導》空間での、歪な構造が、「自殺」を皮切りに徐々に明らかにされている。

1.指導顧問が、歴代の校長や指導顧問自身(そして、指導顧問の教え子、とその保護者)によって、結果的に「異動をキャンセル」され続けた。

キャンセルを支持した人々によって、『余人を以て換え難い』等の理由が挙げられている。
が、この約20年間には、《客観的で、科学的なアプローチをベースにしたコーチング》を実施できる指導者が、国内で、皆無だったのだろうか?

2.かの指導顧問は、当初から、暴力的な【ボス猿】サイコパスであったのか?

人は誰でも、程度の差はあれ、サイコパスの要素は抱えているであろう。
であれば、「暴力的な【ボス猿】」化の進行を、遅らせるようなケアは、為されていたのか?
または【ボス猿】化が不可能なように、異動させることを決断できなかったのだろうか?(←後述の「同調圧力」にもリンク)

3.指導顧問が私費で、未公認の【獲物の監禁場所(学生寮)】を維持できていた。

「監禁場所」を維持ったって、遺棄された廃屋でってことじゃないから、ランニングコストは、それなりに高額な筈。
という事は、必ず、(勤務先以外の)スポンサーから、金銭面で高額な援助を受けていた筈。

そのスポンサーから、勤務先へは、金銭援助に関して話題はなかったのか?
存在の秘匿に成功し続けた背景は?

4.かの【ボス猿(指導顧問)】のサイドキックス(取り巻き)から、脱出できた者は皆無だったのか?

記憶に新しい尼崎の、「暴力的なボス猿(角田美代子)による、連続集団監禁致死」事件は、ボス猿コミュニティから脱出できた「獲物&将来のサイドキックス候補」による告発によって、具体的に白日の下に曝された。
今回は、そのような「告発」はそれ以前に無かったのか?それとも、握り潰されたのか?

「死を以て、異議申し立て」するしか、『誰も耳を傾けて貰えない』状態であったのだとすると、この日本社会は、余りに過酷ではないか。
(参考:『相棒9:「08話|ボーダーライン」&相棒11:「05話|ID」』)
(参考:『相棒10:「01話|贖罪」』)

この少年が自殺に迄追い込まれる状況を放置していた、という意味では、「指導顧問の元教え子、と指導顧問を支持する保護者達や教員達」も、《傍観者であり続けた》訳だから、告発の対象者である…そう思うのだ。
恐らくは、ドラマ世界「相棒」の中に生きる、杉下右京警部なら、そのようにシニカルに語るだろう。

5.『空気を読め(=同調を強いる周囲からの圧力)』を不必要に強請するような環境でなかったか?

少年は、スポーツ枠での推薦入学だったかな?
それ故、スポーツ障害からの退部以外で、スポーツ系クラブからの退部は、非スポーツ枠入学者のようには、「選択できない」状況にあったように聞く。

何故、《逃げ道》が設けられていなかったんだろう。
やはり、これは「暴力的なボス猿による、監禁」構造の、強固にがんじがらめな状況だったんではないか…そう思えてならない。

ひところは、「空気を読め」と強制する風潮が強かった。
が、「空気を読んで、その結果、矜持と照らし合わせて、空気に従わない」、そんなタフな選択が出来る人こそ、人間として、目指すべきではないか。
(参考:『ヤマト2199:「12話|その果てにあるもの」』)

また、例の女ボス猿(角田美代子)が、拘禁中、20回ほど自殺を仄めかしていたが、その半分程は、拘禁場所の巡回保安員(〜その上)の間で、無かった事にされていたらしい…という報道が最近為されている。
かの指導顧問も、容易に自殺に追い込んでしまう、或いは、敢えて自殺を阻止しなかったのを許してしまうのだろうか?
背景構造も十分に解明されているとは言えないのに?

敢えて自殺を阻止しなかった者を(喩え陰でも)賞賛する者は、未だ「発見されていない」被害者をサルベージして弔ったり、「ねじ曲げられてしまった」魂を救済する事の、放棄黙認でもある…そう考えないのであろうか?

以後の日本社会(いや、地球上の人類社会)で、同様の、悲しい事件を再発させない為にも、
・今回の事件が引き起こされた、「真実の背景」構造を、克明に白日の下に曝す
・その構造を、今後、再構築不可能にするように、社会を糺す
・今回、その構造に不幸にも組み込まれてしまった「被害者全員」、元凶となった「ボス猿」、「傍観者」全員を、カウンセリングによって、長期間、ケアする
・再発させないように、指導者育成機関で、毎年、今回のケーススタディを行ない、考えさせる
…こういった観点での取り組みを、「瞬間的施策」「短期的施策」「長期的施策」に分けて、実施してもらいたいな。
喩えどんなに費用がかかろうとも、やりきる。
それが、自殺を選んでしまった少年に対する、我々、生き残った者の負う責務だろうから。

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