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「ワザを体系化して体得」…「型破り」は、「型」体得の末に、「極意」を掴めてから。

『勝間和代オフィシャル・メールマガジン』2013/01/15配信号は、

「意図通りに(=無駄弾することなく)ワザを実践する為には、十分な時間を費やし【型・お作法】を反復体得した結果、自身の中に〈環境条件 x 発動でき得る技術 x 発動効果を強化でき得るアレンジ(=材料 x 調理法 x 味付け)〉マトリクスの構築が成っていることが、必要条件」

ってな趣旨の内容であった。

うーむ。これって、全ての《アルス(Arts。術)》に共通の真理なんだろうねぇ。

昨年、惜しくも往生為された勘三郎さんも、似たような名言

「【形】を持つ人が、形を破るのが【形破り】。形がないのに破れば、【形無し】」

を残してましたな(実際には、TBSラジオ『全国こども電話相談室』での、無着成恭なる禅宗僧侶・教育者の発した言葉)。
マトリクス構築が成っていれば、自在に型を破れるけど、成ってなければ、幾らどうやったって形無しなんだ、という。

マトリクス構築が出来た瞬間ってのは、「あら、そう言えば、最近、一喜一憂することなく、術を行使してるなぁ」と、ふと気付くことでしか認識できない…ってのが、また、実に厄介なんだけどね。

で、そーすると。
ドラマ等で、得意満面に、「極意を掴めたゼ」的に語るシーンが描かれたりするけど、それは余りに安直な描き方なんじゃないかなぁ…と、思うのだよ。
「極意を掴めたかも!」→「どれどれ?(試合)…ばかもん、只のマグレ当たりぢゃ」ってなやり取りを、試合方法を変えて、最低3度以上(現代のスピード感では、5度位が妥当かな)は繰り返して、映像として見せて欲しいな、と。

それを思うと、映画『MATRIX』三部作やサイバーパンク要素を持つ諸作品、ロールプレイングゲーム等に於いて、習熟度で表現されるスキル制って、実に便利だなぁ〜と。
あー。オイラも、ガショっと頭のスロットに、色んなスキルカードを装填したいなぁ〜と、折に触れ、思い焦がれるヨ。

(前略)なぜ、料理が簡単になったのか。それは、ここ1年くらいで、料理本を読みあさり、料理教室に出かけ、試行錯誤を繰り返した結果、私の頭の中で「体系化」したからではないかと思います。
これまで、レシピをみていると、どうしても、「つぶつぶ」の情報しか手に入らないから、なぜここで加熱するのか、なぜここでこの調味料を入れるのか、なぜこの割合なのか、ということがわかりませんでした。
(中略)ところが、調理科学を学び、切り方、加熱、塩加減、味のバランスなどを知ると、それぞれのレシピが何をするためにその手順が存在するのかわかってきますので、アレンジが効くようになります。
(中略)要は【材料×調理(切ること、混ぜること、加熱すること)×味付け】で無限の組み合わせがあるし、そこにはいくつかの定番があるものの、法則や鉄則があると言うことがわかってきます。
(中略)作っているうち、学んでいるうちに、これって、何かに似ているなぁ、と思ったのです。
それは何かというと「あーーーー、マッキンゼーでテンプレートや見本を見なくても、イシューアナリシスやロジカルシンキングができるようになったときと同じだーーー」と気づいたのです。
(中略)頭の中の情報処理体系って、本当におもしろいと思います。
具体的なことから、概念的な共通点を見つけてそれを数値化して、組み合わせて、共通項を見つけて、そしてまた元に戻す、その繰り返しがあることで、ITも進むし、製品もできるし、料理もできるし、科学も進む。
しかし、ある程度、体系を学ぶためには、先人の知恵を守って、そこにある理由を自分の中でもう一度落とし込み、そして、自分がまた再現できるようにスキルを磨く、そんな繰り返しが必要なのだと思います。
そしてそれには、やはり、一つ一つの技術ごとに1000時間とか、1万時間の繰り返しが必要なので、すべてに私たちはそれだけの時間をかけることができませんから、どこにかけるのか、選ばないといけないのだなぁ、とつくづく思います。

引用元:『勝間和代オフィシャル・メールマガジン』2013/01/15配信号
http://krs.bz/katsumaweb/c?c=38810&m=136984&v=cf81a55d

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